都市ヒートアイランド現象は地球温暖化の観測データにどの程度影響しているか? 気温記録の信頼性を検証する
導入
気候変動に関する議論において、「都市化された地域の気温観測データは、都市ヒートアイランド現象(Urban Heat Island; UHI)によって過大評価されており、地球全体の温暖化傾向を誤って示している」という主張がしばしば見受けられます。この主張は、気候科学が依拠する観測データの信頼性に対する疑問を呈するため、その真偽を科学的に検証することが重要です。本記事では、この主張について、UHIのメカニズム、観測データへの影響、そして気候科学者がどのようにこれらの影響を評価・補正しているのかを詳細に解説します。
本論
1. 都市ヒートアイランド現象(UHI)とは何か
都市ヒートアイランド現象は、都市部の気温が周辺の郊外や農村部と比較して高くなる現象を指します [1]。この現象は、主に以下のような都市特有の要因によって引き起こされます。
- 人工構造物と舗装面: コンクリートやアスファルトなどの人工素材は、太陽光の反射率が低く、熱を吸収・蓄積しやすい性質を持っています。日中に蓄えられた熱が夜間に放出されることで、気温が上昇します。
- 植生の減少: 都市化によって緑地や水域が減少すると、蒸散作用による冷却効果が失われます。植物の蒸散は、周囲の熱を奪って水蒸気として放出するため、気温上昇を抑制する効果があります。
- 人工排熱: 建物からの排熱、自動車や産業活動からの熱放出が都市部の気温上昇に寄与します。
- 都市の幾何学的構造: 高層ビル群などが密集する都市は、風通しが悪くなり、熱が滞留しやすい構造を持っています。
これらの要因が複合的に作用することで、都市部では郊外よりも顕著な気温上昇が観測されます。
2. UHIが気温観測データに与える影響とその考慮
世界中の多くの気象観測所は、都市部やその近郊に設置されています。そのため、UHIによる局地的な気温上昇が、地球全体の気温トレンドを分析する上で影響を与える可能性は否定できません。気候科学者はこの点を認識しており、様々な手法を用いてUHIの影響を評価し、データから分離する試みを行っています。
3. 気候科学者はUHIをどのように補正しているか
地球の平均気温を算出する際には、単に個々の観測地点のデータを平均するのではなく、UHIの影響を排除するための厳密な補正プロセスが適用されます。主要な地球平均気温データセット(例えば、NASAのGISS、NOAAのNCEI、UK Met OfficeのHadCRUTなど)は、以下のような方法でUHIの影響を最小限に抑えています [2, 3]。
- 隣接する農村部との比較: 都市部の観測データと、その周辺の気候条件が類似する農村部の観測データを比較し、都市化による昇温効果を推定・補正する手法が広く用いられています。農村部ではUHIの影響がほとんどないため、両者の気温トレンドの差からUHIの効果を抽出できます。
- データセットの統合: 地上観測データだけでなく、海洋ブイ、船舶、衛星からの観測データなど、UHIの影響を受けにくい様々な情報源を統合して解析することで、より広範かつ客観的な地球の気温トレンドを把握します。特に衛星データは、地上のUHIの影響を直接受けることなく、広範囲の気温を観測できるため、地上データとの比較検証に重要です。
- 観測所の設置環境評価と補正: 各観測所の周辺環境が都市化によってどのように変化したかを評価し、それに基づいてデータに補正を加える研究も行われています。例えば、観測所が都市化に伴い移転した場合や、周辺環境が変化した場合には、その影響を考慮した調整がなされます [4]。
- 夜間のデータ利用: UHIの効果は夜間の方が顕著に現れる傾向がありますが、多くの研究では、UHIの影響が比較的小さいとされる日中のデータや、より広域の平均値を採用することで、局地的な影響を抑制しています。
これらの補正手法は、多くの独立した研究機関によって開発・検証されており、その結果は国際連合の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書でも繰り返し検証・承認されています [5]。
4. UHIの影響を排除したデータが示す地球温暖化
複数の研究機関がUHIの影響を補正して作成した地球平均気温データセットは、いずれも19世紀後半以降、顕著な地球温暖化傾向を示しています [2, 3]。たとえUHIの影響が最も大きいと仮定される都市部の観測データのみを分析した場合でも、大規模な温暖化傾向は依然として確認されます。さらに、海洋や極域など、UHIの影響がほとんどない地域の観測データも、一貫して温暖化を示していることは、地球全体の温暖化がUHIのみで説明できないことを裏付けています。
結論
「都市ヒートアイランド現象が地球温暖化の観測データに過大評価をもたらしている」という主張は、UHIが都市部の局地的な気温上昇を引き起こすという点では事実を含みます。しかし、気候科学者たちはこの現象を十分に理解しており、地球の平均気温を算出する際には、様々な統計的手法と複数のデータソースを用いてUHIの影響を適切に補正しています。
補正後のデータは、UHIの影響を考慮してもなお、19世紀後半以降の顕著な地球温暖化傾向を一貫して示しています。したがって、「現在の地球温暖化がUHIによって過大に観測されている」という主張は、科学的根拠に乏しく、誤りを含むと判断されます。UHIは局地的な環境問題ではありますが、地球全体の気候変動の主要因ではありません。地球温暖化の根底には、温室効果ガス濃度の上昇に伴う地球のエネルギー収支の変化が存在しています。
出典
[1] Oke, T. R. (1982). The energetic basis of the urban heat island. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 108(455), 1-24. [2] IPCC. (2021). Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press. [3] Hansen, J., Ruedy, R., Sato, M., & Lo, K. (2010). Global surface temperature change. Reviews of Geophysics, 48(4), RG4004. [4] Peterson, T. C., & Owen, T. W. (2005). Urban heat island effects on global warming. Science, 308(5728), 1775-1778. [5] Thorne, P. W., et al. (2019). Observing changes in the climate system. In Climate Science Special Report: Fourth National Climate Assessment, Volume I. U.S. Global Change Research Program, Washington, DC, USA, pp. 85-115.